八月の夜

 八月のとある蒸し暑い夜、私は茨城県の片田舎にいた。何のことはなく、ただの寝過ごしである。日曜出勤を終え、ようやく訪れたささやかな夏休みを祝し、笹久保にある我が家で独りのんびりと呑もうと意気込んでいた矢先の出来事。八月の夜に訪れた睡魔は、武蔵戸塚で乗り換えすることも許さず、挙句の果てにはこんな何もない田舎まで私を連れてきた。非常にタチの悪い悪魔である。とりあえず家に戻ることを最優先に考える。幸いまだ電車はあるので、駅員に事情を説明した上で、上り方面の電車に乗ることとした。

 一度改札を出て、駅前のコンビニでコーヒーを買った後、駅に入り直し上り方面のホームに出ると、ちょうどいい具合に各駅停車の武蔵戸塚行きが発車を待っていた。あと2分くらいで発車するという。ガラガラの車内で、しばし自らの行いを反省するとしよう。

発車間際になって、一匹の乗客が駆け込んでくる。大きな蛾だ。暗くて蒸し暑い闇の中から、光を求めて彷徨い飛んできたのだ。大の虫嫌いである私はひどく狼狽した。追い払うべきか、それとも勝手にいなくなるのを待つべきか。むしろ自らの手で殺めに行こうか。だが無駄な殺生はしたくない。様々なことが頭を巡る。

 思考回路がショート寸前の私などお構いなしに、蛾は優雅に車内を飛び回るし、電車はドアを閉めてしまう。この蒸し暑い夜に、蛾と二人でランデヴーである。本当に勘弁していただきたい。幸いこの車両は窓が開くタイプなので、うまくやれば蛾を逃がすことができる。私はおもむろに立ち上がり、さっき買ったコンビニのコーヒーを飲み干し、空いた紙コップで蛾を捕獲することとした。

かれこれ12分ほど戦っただろうか、蛾は一向に捕まらない。私は諦めて、シートに止まった蛾と、思い切って対話してみることとする。『俺とて無駄な殺生は控えたい。君もこんな四角い箱の中に閉じ込められていてはつまらないだろう。お互いのためにもここから出て行かんか』と蛾の眼を見て訴えかけた(つもり)。しばらく蛾を見つめていると、ふと蛾の了承が得られたような気がして、私はそっと蛾を紙コップで捕獲した。

 蛾は私の訴えを知ってか知らずか、暴れることもなく紙コップの中に入っていてくれた。窓を開け、紙コップの出口を車外に向けた上で何回か振り払う。すると、紙コップから蛾が飛んで行った。

あっさりとしたこの物語の結末に安堵し、同時に電車はスピードを落としていく。ゆっくりと私は窓を閉め、車窓に望むまばらな明かりに想いを馳せる。さっきの蛾だって必死に今を生きている。もしかすると、あの蛾は自らが生きようともがく様を、疲れ切った私に見せようとしていたのかもしれない。とんだウィークエンドナイトだったが、私は何か人生において大切なことを彼から教わった気がした。

電車は川を渡りきり、まもなく次の駅に到着する。このあとすぐにこの電車が蛾を二匹乗せることを、まだ彼は知らない。